看護師と東日本大震災

看護師と東日本大震災の基礎知識をご紹介!


看護師と東日本大震災

マグニチュード9.0と気象庁観測史上最大の地震となった東日本大震災は、多くの方の命とすべてを奪い去りました。震災の発生はつい昨日のような気もしますし、もうずいぶんと時間が経ったような気もします。しかし今後どれだけ時間が経とうとも、東日本大震災で愛する家族や家などを失った当事者には忘れることができるものではありません。

東日本大震災で被災したなかには多くの病院や、そこで働くおおぜいの看護師の方もいました。また一方ではいち早く東日本大震災で被災した現地へ駆けつけ、さまざまな支援活動を行った看護師の方もいます。今回は東日本大震災のようにある日突然襲い掛かる災害や災難に、私たちはどうように対応していくかをふたりの看護師を通じて学んでいきます。

厚生労働省のサイトに東日本大震災で被災した、40代の女性看護師の方の私記が掲載されています。「東日本大震災と原発事故 人生を変えた試練との闘い」というタイトルで始まるその私記には、「これまで経験したこともない恐怖、そして原発事故によって大切な故郷へ戻れないという寂しさ、悔しさ。大好きな看護師という仕事には二度と就けないかもしれないという絶望感など、この半年の間にあらゆる感情を味わいました。」とあります。

そして筆者は自分ではどうにもならない感情に、「助けてほしい」と同じ病院で働く心療内科の先生にメールをします。するとその先生から「あなたは決して弱くはない。看護師として働ける日が必ずきます」と書かれた返信のメールが届きます。

さらにそのメールには「悲しくなったり寂しくなったりするのは人間の自然の感情ですよ」とも書かれ、その先生は常に筆者を繰り返し励ましてくれたそうです。筆者は東日本大震災の発生から半年の間、何度も生きる意味を見失います。しかしその先生のお陰で少しずつ顔を上げ始め、もう一度看護師に戻りたいと切に願います。そして今度は自分が、苦しむ人の力になりたいと思いながら。

もうひとりの看護師は「日経WOMAN」の2012年1月号に、今年最も活躍した女性として「ウーマン・オブ・ザ・イヤー2012大賞」に輝いた石井美恵子さんです。石井美恵子さんの受賞は東日本大震災の避難所に日本看護協会が派遣した、3770人の災害支援ナースたちの派遣を取り仕切った功績が評価されたからです。

石井美恵子さんは2004年のスマトラ沖地震や2008年の中国で起きた四川大地震など、海外での災害医療支援活動の経験者で災害救急看護のエキスパートです。その経験を生かし東日本大震災では宮城県看護協会に現地対策本部を立ち上げ現地のニーズを調査する一方で、派遣コーディネートマニュアルの作成や活動記録の収集システムの構築など派遣の基盤を整えたのです。

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